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Author:安波茶40’s(改安波茶30's)
40際になりました。30’s改め、「安波茶40’s」。「あはちゃ」と読みます。沖縄県浦添市にある集落の名前です。読書の時間が激減したのが悩みの種。のんびり更新中です。

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贈り物に

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高村智恵子

 高村光太郎の「智恵子抄」は、自分が生まれて初めて買った詩集だ。確か、ポプラ社の小豆色のハードカバーの「日本文学全集」か何かのシリーズだった。
 その「智恵子抄」を知ったのは生源寺美子(しょうげんじ・はるこ)「もうひとりのぼく」という児童文学の中でだ。
 まったく性格の違う双子の少年が、中学に入学して変化していくさまを描いた作品。
 その小説の中で、双子の少年があこがれる同級生の少女が読んでいるのが、「智恵子抄」だった。
 ロマンチックな恋愛詩。その奥に、愛する妻が狂気にとらわれて自分を失っていく悲しみや絶望が隠されていることなど、まったく知らなかった。
 
 中学生にとって、さすがに「智恵子抄」のハードルは高かった。結局、高校に入ってもろくに読まないまま。きっちりと読んだのは大学に入ってからのことだ。
 
 最近、古本屋で2冊の文庫本と出会った。
 講談社文庫の「智恵子から光太郎へ」(1979年)と現代教養文庫(社会思想社)の「紙絵と詩 智恵子抄」(1965年)。
 智恵子が絵を志していたことは知っていたが、精神を病んで後に、紙絵の制作を手がけていたこと、恥ずかしながら、まったく知らなかった。そもそも、光太郎と智恵子の伝記的事実を何も知らなかった。
 
 前者は光太郎の詩と、智恵子の紙絵を前半に配し、後半は作家の津村節子の「智恵子から光太郎へ」という文章を収めている。文章の初出は雑誌「太陽」の1975年5月号の文章への加筆・修正。


book001.jpg

 文学者の夫(吉村昭)を持つ女性の視点で、光太郎と智恵子の関係を読み解くエッセイ。智恵子が自分の世界に閉じこもっていったことを、「智恵子抄」末尾の「うた六首」を引いて、津村はこう書く。

 光太郎智恵子はたぐひなき
  夢をきづきてむかし此処に住みにき
                       「うた六首」

 たぐいなき夢を築いたのは光太郎一人であった。光太郎が高揚すればするほど、智恵子は背伸びして緊張し、コンプレックスに陥って自己嫌悪し、光太郎の築いた夢に橋を架けることが出来ずに孤独に閉じ籠もっていった。     (p86)


 だからなのだろうか。背伸びをする必要のない、狂気の中で作られた紙絵は、実にのびのびとしていて、智恵子が持っていた高い才能を感じさせる。

book002.jpg

 
 こうした作品を、智恵子は下書きもせずに、爪を切る小さなはさみで作ったというから、驚きだ。

 もう一つの文庫本は、「智恵子抄」の全作品に、智恵子の紙絵をイラストのように使ったもの。
 中はこんな感じ。

無題


 こちらは光太郎の「智恵子の半生」など智恵子について彼が書いた短文も集められている。ほかに伊藤信吉が鑑賞の手引きとして「生涯の愛の歌」という解説文を書いており、光太郎の年譜も付いている。


 
 

こどもの詩

子供たちの詩を集めた本。
でもこれ、詩というよりも、つぶやきかな。
中には、親が自分の子供のひとことを書きとめたものもあります。

あたまわるいけど学校がすき―こどもの詩 (中公新書ラクレ)あたまわるいけど学校がすき―こどもの詩 (中公新書ラクレ)
(2002/03)
川崎 洋

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読売新聞の連載を集めたものです。
それぞれの詩に川崎の短いコメントがつけられていて、これも面白い。

昔、同じような内容の本がはやりましたね。
一年一組せんせいあのね―詩とカメラの学級ドキュメント
とか
せんせいけらいになれ (角川文庫)
とか。

あざといといえば、あざとい企画。
無垢な子供のインパクトある言葉。
でも、不思議と胸を打たれたりします。

面白かったのをいくつか引用。

「でんわ」(小2の女の子)
あいりちゃんのおうちに
むかしのでんわがあったよ
ダイヤルをまわすでんわだよ
十円玉をいれたらね
むかしの人とおはなしできそうな
気がするよ むかしのママと
おはなししたいなー


「宝物」(3歳の男の子)
(おちんちん ママほしいな)
だめだよ
せっかくはえてきたのに
だいじにそだてているのに


「もしも」(5歳の女の子)
おにいちゃん
あゆみがもしざりがにだったら
そだててくれる?


「がんばれ」(5歳の男の子)
ぼく きょうさるまわしをみたよ
(どうだった?)
たけうまにのってたから
「がんばれ がんばれ」と
おうえんしてたらね
なぜか なみだがでてきた


「せんぷうき」(2歳の男の子)
(首振り扇風機を見ながら)
ママ
せんぷうきさんが
なんか
さがしてるよ!


なんだか、なごみます。

【子供の詩集】

 

ダンディな詩人・田村隆一

田村隆一の詩集「死語」を読んだ。

死語―詩集 (1976年)死語―詩集 (1976年)
(1976)
田村 隆一

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 私が好きな詩人の一人。田村隆一の詩集。最近ではすっかり機会が減りましたが、以前は真夜中に現代詩を読み始め、胸がざわざわして、朝までいろんな詩集を読み漁った時期がありました。
 あれって、いったい、なんだったんだろう?
 とにかくイメージの鮮烈さに驚きます。
 こんなに豊かな言葉の世界があるのに、なかなか現代の人の目に触れないというのは、さびしいです。新刊書店に毎日のように積みあがっていく新刊を見ていると、とくにそう思います。
 新刊をガシガシ読むのも好きなんですけどね。
 以下は「噴水へ」という作品。いいですよねえ。


 西風にさからって
 太陽が沈む地平線にむかって一直線に
 飛ぶ
 あの小鳥は「鳥」のなかで飛んでいるのだ
 深夜に吠える犬
 ぼくらの耳にきこえない危機の徴候
 ぼくたの目に見えない恐怖の叫びにむかって
 凍りつくような声で吠えている
 あの犬だって「犬」のなかで吠えているのだ


「きこえない危機の徴候」「見えない恐怖の叫び」をめぐって、またいろいろ考えてしまう今日この頃。